1.人材採用を考えることは,自社の経営を考えることと同じ
人材マネジメントは「適切な人材を採用してきて、適切な場所に配置すること」に尽きると私は考えています。ただ、この「適切な」が難しいですよね。ここでは「適切な人材とは」について考えていきます。
企業は、現在そして将来の外部環境を踏まえて、そのありたい姿(ビジョン)を決めます。
当たり前ですが、企業の「現状」と「ビジョン」には大きなギャップがあります。このギャップを埋める手段が経営戦略です。そして、経営戦略を実現させるために組織が編成されます。逆にいうと、組織は経営戦略を実現できるカタチになっていないといけません。しかし実際は、戦略に合わせてなかなかそう上手く組織を編成できるわけではありません。つまり、その企業の経営戦略の遂行は、組織の状況によって制約を受けることになります。
次に、組織に目を転じてみます。組織を構成するのはもちろん人材です。経営戦略の遂行に必要な組織を構成できるだけのスペックを持つ人材を採用してくる必要があります。しかし実際は、そう上手く人材が確保できるわけではありません。つまり、その企業の経営戦略を実現させるための組織は、人材の状況によって制約を受けることになります。
以上のロジックが正しいとすると、企業にとって「適切な」人材の要件を正しく定義するためには、現状の正確な認識、適切なビジョンの設定、そしてそのギャップを埋めるための経営戦略の策定、さらに経営戦略を実行する手段としての組織編成、というすべてのパーツが揃う必要があります。これらが揃っていない状態で人材を採用しても、(新卒・中途を問わず)その人材がフィットする確率は低いのではないでしょうか。
中途採用した人材が上手く機能しなかった、という話をよく聞きますが、もし企業が上記のようなパーツが揃っていない状態だとしたら、その中途人材ばかりが必ずしも悪いわけではないんじゃないか、というのが私の考えです。
もっと厳しい言い方をすると、「適切な人材の定義ができていない」状態で採用活動を行ったとしても、外れるに決まっているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。このコラムを読んでいただいているみなさんは、自社にとっての「適切な人材」がどういう人材のことを指すか、具体的に説明することができますか?
2.自社でイノベーションを起こすために重要な人事上のポイント
さて、次はイノベーションです。「わが社でもイノベーションが必要!」「イノベーションを起こせる人材が欲しい!」という経営者の話を少なからず耳にします。これは最近に限らず、おそらく数十年(数百年?)にわたって繰り返し語られてきた論点ではないでしょうか。
余談ですが、「イノベーション」については学術的には様々な分類がなされています。例えば、「業務改善も含めたコツコツ型(持続的イノベーション)」や、「これまでやってきたこととは全く異なるカエル飛び型(破壊的イノベーション)」があります(「コツコツ」と「カエル飛び」は私が便宜上つけた名称です)。本節冒頭で紹介した話の「イノベーション」は破壊的イノベーションを想定していると思いますので、以降の議論ではこの「破壊的イノベーション」を前提として話を進めます。
話を戻します。本節冒頭のような話をされる経営者の方は、自社の人材ではイノベーションを起こすことができない、ということを自覚されている可能性が高いです。
誤解のないように申し上げておくと、イノベーションを起こす人材が社内にいないのは決しておかしなことではなく、ある意味当然のことだと私は考えています。企業は変革を起こすだけでなく、いま目の前にあるお客さまのニーズを高い品質で繰り返し満たし続ける必要があります。そのためには反復による学習効果の活用が効果的です。同じことを繰り返すことでサービスや製品の品質を高められるのであれば、現場の人材にはむしろその方向での努力が求められるでしょう。組織は、本質的には変化を好まない存在なのです。
では、変化を好まない傾向を本質的に持ち、かつイノベーションではなく反復による品質向上が求められてきたであろう人材を必然的に擁する企業は、いったいどのような方法でイノベーションをつくり出すことができるのでしょうか。
人材マネジメントの観点で捉えると、それは次の2つのタイプの人材を社内に取り込むことができるかどうか、にかかっていると私は考えています。
人材➀ 自社のキャパシティを超える人材(オーバースペック人材)
ヨゼフ・シュンペーターが提唱した「既存の知×既存の知=イノベーション」は、みなさん大好きですよね。気をつけないといけないと私がいつも思うのは、この2つの「既存の知」の距離は大きく離れている必要があるということです。2つの既存の知が自社内で完結していたら、まったく新しい発想が生まれるはずがありません。
これは人材においても同じことが言えそうです。「三人寄れば文殊の知恵」の発動は相手を選ぶ,ということです。自社でイノベーションを実現させるためには、現在の自社のキャパシティに収まらない能力や特性を持つ異分子、つまりオーバースペック人材を採用し、自社の既存の人材にぶつける必要があります。
このようなオーバースペック人材は中途採用で獲得することになると思います。留意すべき点は、このタイプの人材は組織になじまない可能性が高いということです。また、組織のアレルギー反応も予想されます。表面上は軋轢がないように見えたとしても、その人材を泳がせてミス待ちをしているだけで、ミスした瞬間に総攻撃を加えるパターンもあり得ます。このようなリスクを許容できるだけの器が、経営者や管理職には必要と言えるでしょう。
人材② 触媒(カタリスト)となる人材(カタリスト人材)
さて、幸運にも上で述べたようなオーバースペック人材を採用できたとしても、先述したように、残念ながらうまく組織にフィットできず、短期間で離職するケースをよく聞きます。別の話として、私は「地方創生」は専門ではないのですが「よそ者・若者・ばか者」が地域の活性化に必要とされつつ、そのような人材が定着できずに去っていく地域の話も聞いたことがあります。
私は、これは少なからず起こり得る話だと考えています。イノベーションを起こす際に掛け合わせる「既存の知」と「既存の知」は十分に離れている必要があるのですから、先述したように本質的にはフィットするわけがないと思うのです。
では、その状況を前提としたうえで、自社内でイノベーションを起こすために何が必要なのでしょうか。リスクを許容できる経営者と管理職の器が必要ということは既に申しあげました。私はそれ以外に、まったく異なる2つの「既存の知」をつなぐ「触媒(カタリスト)」が必要ではないかと考えています。双方の「知」を理解したうえで、それらの関係を取り持ち、正しく化学反応させるための触媒、あるいは結節点となる人材です。それは新規事業担当かもしれませんし、経営企画担当かもしれません。どのポジションかはともかく、そのようなカタリスト人材がいるだけで、イノベーション創造の可能性は飛躍的に高まるのではないでしょうか。
ここで、必ずしもカタリスト人材自体がイノベーティブである必要はありません。むしろカタリスト人材として適切なのは,「理解力を含む論理的思考力とコミュニケーション力が高い人材」である可能性が高いと個人的には考えています。そうだとすると、必ずしも外部から採用する必要はないかもしれませんね。適切なトレーニングを積ませることで、自社内の人材をカタリスト人材に進化させることは十分に可能でしょう。ただ、育成に少し時間がかかるという点と、社内人材であるがために保守的なスタンスになりかねないという点には注意が必要です。
この節の最後にひとつ、重要な点を指摘させていただきます。もし、ここまで述べてきたような「オーバースペック人材」「カタリスト人材」を採用しようと思ったら、一時的に企業のキャパシティを超えた採用機能が必要になります。これらの人材は、普段の企業活動の中では出逢うはずのない人材だからです。みなさんは、そのような「企業のキャパシティを超えた採用活動」を展開することができますか?
3.最後に
以上、人材選びの重要性について、経営的な観点とイノベーション創造の観点から論じてきました。人事の機能は、企業の持続的成長のために極めて重要です。経営者のみなさん,ぜひ人事スタッフを経営のブレーンとして育成してください。人事のみなさん、作業を効率化して確保した時間で、経営についての知見を深めていきましょう。
ヒトは自分の見たいものしか見ることができません。データや事実をベースに、虚心坦懐に自社の現状やビジョンと向き合ってください。自社にとって適切な人材像は、そこからしか生まれてきません。そして、必要であれば躊躇なくオーバースペック人材とカタリスト人材を社内に取り込んでいきましょう。
それではまた次のコラムで!
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熊本学園大学大学院会計専門職研究科講師
株式会社パーソナル・マネジメント フェロー 新改敬英
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